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コンシャスライフ研究所 所長

コンシャスライフ・スペシャリスト  井上 阿佐子(いのうえ あさこ)

 

 
asako041962年、愛知県名古屋市で生まれる。

小学生の頃から本を読むのが好きで、学校の図書室の本はほとんど読破した。
また、母が「なんでも体験させたい」という考えだったため、学校から帰ると毎日習い事へ行っていた。 学習塾、そろばん、書道、ピアノ、クラシックバレエに茶道・華道・・・。
長続きしないものもあったが、自分から「やりたい」と言って始めたクラシックバレエは10年、茶道・華道は25年続けた。 高校時代は学生会に関わり、学園祭や体育祭などの運営に携わった。

その後、コンピューターのプログラミングに関心を持ち、情報処理科へ進む。医療機関のシステムを構築するIT企業に就職し、アセンブラ言語(マシン・ランゲージに一番近い)によるプログラミングを主体にシステムの構築を学ぶ。 数十億円規模のシステムの重要部分を設計・構築するなどして、20代後半は打ち合わせのため週1回程度出勤する在宅ワークも経験する。その後、後進の育成にあたるため管理職となり、8人の部下を持ってチームを作る。

35歳の時、友人の紹介であるヒーラーさんに出会い、そこでスピリチュアルな世界のことを学ぶようになる。そして、それまで順調に仕事をしてきたにも関わらず、自分の未来に希望が感じられなくなっていることに気づく。
「私は本当に自分のやりたいことをやっているのだろうか?」
「このまま10年、20年、このまま生きていくのだろうか?」
という疑問と、自分でも気づかなかった身体の緊張(こわばり)を感じるようになる。
あまりに固まっていて痛みさえも感じなくなっていたのだ。
瞑想や気功、ヒーリングなど、とにかく「心からやりたいと思うことを探すため」、自分の心を見つめ、身体を見つめる時間を持った。

そして、新月(シバムーン)の夜、スピリチュアルな世界を学ぶ仲間たちとのパーティの場で、今の夫と出会った。
私は当日遅れて行ったので、彼がどういう人物なのかまるで知らなかった。
それでも、なんとなくその場の話題を引っ張っていく様子に「どういう人?」と思っていた。

深夜に庭でマキを積んで火を焚き、その周りで皆が思い思いに踊っていた時、ふと「私、この人と付き合うことになる」というイメージが浮かんだ。
驚いた。なぜなら、当時、私は他に付き合っている人がいたからだ。
うっすら目を開けて彼を見ると、踊りに陶酔して飛び跳ねていた。
実は、私は第一印象で「ボンレスハムみたい」と思っていたのだ。
(薄茶色の上着で、ウエストあたりが絞られていたから、そう見えたのです。。。)

私は、思いっきり否定した。
「いやいや、他に付き合っている人いるし。どうして、彼と付き合うなんてイメージが浮かんだんだろう。ありえない。」
そして、その妙なイメージは忘れることにした。

ところが、その1ヶ月後、私は何年も付き合っていた人と別れて、彼に告白した。
私は恋をすると最初の2ヶ月は、他のことが手につかなくなる。
それまで90%仕事、10%プライベートだったのが、急に90%恋で10%仕事となってしまうのだ。
これまでもそうだったから2ヶ月くらいで戻るとわかってはいたが、35歳を過ぎて仕事が手に付かない状態になってしまったのだ。
恋とは恐ろしいものだ。

騙し騙し仕事を続けているところに、彼から東京転勤の話が出た。
その時、不思議と「一緒に東京へ行こう!」という気持ちが抑えられなかった。
当時、年収1000万円以上の管理職兼技術職という仕事も、購入していたマンションも、なぜか未練はなかった。
一度も出たことのない名古屋を出るのも、すごく新鮮な気分だった。
ただ、仕事の引き継ぎには7ヶ月を費やした。
自分のわがままだというのも理解していたし、会社に迷惑はかけられなかった。

そして、彼と出会ってちょうど1年後に私たちは東京で部屋を借りた。
最初の1年は同棲だった。
私自身が入籍することに抵抗があったからだが、そのため実家の母の逆鱗に触れ、母は実家の近所中に「娘が駆け落ちした」と触れ回ったらしい。
1年後に入籍して母の気持ちは収まり、数年後に高尾に家を建てて両親を招いた時は本当に喜んでもらえた。

そんな彼との関係もスムーズではなかった。
彼と私は生い立ちも、環境も、生き方も、食べ物の好みもことごとく違っていた。
昔流行った「動物占い」で相性診断した時、みごとにハートが2つに割れたマークが出たのを覚えている。
あまりに違うから理解し合うのが難しい」ということだった。
「でも、それを乗り越えて理解し合えるようになったら最強です」と言われたことに望みをつないだ。

喧嘩をすると私は1ヶ月くらい口をきかなくなる。
仲直りして数日経つとまた喧嘩。
そんな日常に突破口をみつけようと、彼がある本を買ってきた。

「コンシャス・ラブ -二人の愛を育てる本(元気の出る心理学)」(ゲイ・ヘンドリックス著、キャスリン・ヘンドリックス著)

これは本当に名著だと思う。
この本をバイブルにして共に学ぶことで、二人の関係性を少しずつ変えることができた。
特に私は、自分の中に抑えこもうとしていた怒りと向き合うことができたように思う。

そして、東京に引っ越して仕事探しが始まった。
彼は「コンピューター関係の仕事につけば?」と言うが、私自身それに疑問を持っていたのでその気にならない。
Webでスキル診断をすると、月収70万円と出るが、どうしてもその気にならない。
これまでがむしゃらに働いてきたから少し休息が必要じゃないかと、スポーツクラブに登録したりしてのんびりしていた。

そんなある日、彼が「女性のためのビジネスセミナー」の案内を持ってきてくれた。
いつかは起業することも視野に入れて行ってみたら、というのだ。
時間はたっぷりあるので申し込んで参加してみた。

そこで一番感じたのは、参加している女性たちが皆、自分の夢(ビジョン)を持ってキラキラ輝いていたことだった。
私はまだ、自分のやりたいことがわからず、取り残されているような気持ちになった。
2日間のセミナーが終わり、落ち込んだ気持ちのまま、用事があって名古屋の実家に行く機会があった。
その帰りの新幹線の中、セミナーでもらった本を読んでいる最中に私は「ハッ」とした。

「そうか、私は起業したい女性たちのようになりたいのではなく、セミナーを開催している人たちのようになりたいんだ」と気づいたからだ。
それは本の中に書いてあったわけではない。本を読みながら夫の言葉を思い出すことができたのだ。

「本当にやりたいことは、怒りの中にあるんだよ」

彼に言われた時は意味がよくわからなかった。
私は、スピリチュアルな世界に出会うまで、自分の人生を深く考えることもなく、当たり前に進学して、就職した。
親や上司の望むことを精一杯やって結果を出してきた。
自分の望みよりも先に相手の望みを感じ取り、それを自分の望みとすり替えてきたように思う。
それがあまりにも無意識にできるようになっていたため、本当に自分がやりたいことが何か、わからなくなってしまったのだ。

そして当時の私は、自分を型にはめて自由を奪った親に怒りを持っていたのだ(今は違うと知っていますが)。

「もっと早くそのことを知っていれば、自分はもっと自分らしく生きられた。そのことを若い人たちに伝えたい。」
新幹線の中で、自分がみつけた使命感に胸が熱くなり、酔いしれていたのを思い出す。

でも、いったいどうすればセミナーを開催する人になれるのか?

私は自分が受講したビジネスセミナーを主催している会社に直接、電話をした。
「セミナーを受講したものですが、雇ってください」と。

いつもの自分なら「求人も出てないのに無理」とか、先に考えてしまうが、使命感に酔いしれているためか、すごいエネルギーだった。
電話の相手もダジタジで、ともかく上司に相談しますということで電話を切り、返事を待つが来ない(当然といえば、当然)。
そこで、1週間後、こちらからまた電話をした。
しばらく待たされ、結局、「セミナー運営の部署ではないが、物販のセクションでインターンシップを受け入れている。その面接で良ければ」と言われ、即、面接をお願いした。
履歴書と職務経歴書を揃え、必要と言われた作文も書いて面接に行った。

物販でもなんでも、ともかくここで働きたいのだという熱意を伝えることができたのか、後日、代表が会いたいと言っているとの連絡があった。
会社近くのレストランで食事をしながら、代表の方と会った。私の経歴に興味を持たれたのだ。

ちょうどその頃、女性起業家とは別に学生起業家の支援をしようと考えていたと言う。
学生が起業するには、インターネットなどのITに関する知識が不可欠だが、それを教えられる人が当時はまだ少なかった。
そこにIT企業を退職した元管理職が、「何でもいいからやりたい」と言って来たのだから、どんな人物かと思って直接会うことにしたのだろう。
結局、私は学生起業家の育成プロジェクトに入ることができた。

そこで、多くの学生に会い、彼らが起業して経営者として成長していく姿を目にしてきた。
そして、有限会社3社、合資会社2社、NPO法人と投資ファンドの設立に関わった。
最初は、電話のかけかたも知らない学生達が、会社という現場を持ってグングン成長していく。
その実務面、メンタル面の両方に関わることができたのは、本当に充実していた。

ただ、数年で問題が発生した。
私自身の成長が学生起業家達の成長に追いついていけなくなったのだ。同時に、上司との意見の相違。
いろいろなことが重なって、軽度のうつになり会社へ行くことができなくなった。
何度か復帰を試みるがうまくいかず、結局4ヶ月近く休むことになった。
なんとか復帰したが、別の部署に配属されることになり仕事を始めたが、本当にやりたいことではなかった。

その頃、ある方の助言で「独立する」という話が持ち上がった。
学生起業家のひとりと一緒に、若者をサポートするNPO法人を立ち上げようということになった。
そこで私は自分の心をみつめるセミナーを開催したいと考えていた。
そして、会社を辞めて準備を始めたが、NPO法人の承認が降りる直前に、パートナーに癌がみつかった。

パートナーの復帰を待つ間、キャリアコンサルタントの勉強をしたり、コーチングのセミナーに行ったりした。
セミナーを開催するにも、過去に学んだスピリチュアルな知識だけでは足りないと考えたからだ。
あれこれ学んだが、自分にとって軸になるものがなかった。

ある日、夫の知り合いのカウンセラーさんが美容セミナーの無料モニターを探しているとの情報が入った。
その頃は、週2日バイトしていただけなので、平日昼間のセミナーに参加が可能だった。
そこに通ううちに、その理論がとても面白いと感じるようになり、本セミナーにも通うようになった。

学ぶうちにどんどんその理論にのめり込んでいった。
本当に面白くて、これまでスピリチュアルな世界で言われていたことが、ひとつの理論で繋がる感じだった。
プログラミングの世界では、パターン認識が重要になる。
パターンの組み合わせによって、最適なプログラムを構築することができる。
逆に、難解なプログラムもパターンの組み合わせに分解することで、その意味が理解できることにもなる。
心や現実の世界もそれと同様に、理論を使ってパターン認識することができるようになる。

そして、ここでも過去の経歴が役に立った。
HTML言語でホームページのメンテナンスができることを評価されて、パートで働くことができるようになった。
働きながら学び、カウンセラー兼インストラクターになることができた。

「この素晴らしい理論をもっと多くの人に知ってほしい!」
夢中で働いた。知恵を出し、ディスカッションし、時には大笑いするような職場だった。
私は仕事が面白くてしょうがないので、夫を放置し、半別居状態でも苦にならなかった。
一時は、離婚を持ちだしたこともあったが、彼の努力によりそれは回避された。

いろいろあってその仕事から離れることになり、しばらく家に引きこもった。
夫は私を信じて、好きなようにさせてくれた。
それどころか、時間に余裕ができたからと、2度も海外旅行へ連れて行ってくれた。
2月は、シンガポールのマリーナベイサンズ(屋上に舟型のプールがあるホテル)のスイートルームを堪能し、9月には、ラスベガスとグランドキャニオンツアーへ行った。
ラスベガスの旅行の時は、夫の著書である「人生を変えたいときに読む本」の7日間のエクササイズを旅行中、毎日1つずつやることにした。
自分をみつめる良い機会になった。

ここまでの人生を振り返って、結局「誰かに認められたくて頑張る」自分がいることに気づいた。
自分で自分の未来の為に頑張るのではなく、親や上司に認められたいから頑張るのが私の癖だった。
そして今、自分で自分の未来の為に頑張る自分に変わろうとしている。
真の意味で自立するということだと思う。
自分に責任を持つということだと思う。

その覚悟をして、自分のセミナーを開催しようと決意したとき、あの本「コンシャス・ラブ」を思い出した。
でも、私はラブだけでなく人生そのものを意識的にしたい。
そして「コンシャスライフ」という言葉がでてきた。

意識的に生きるということ。

私は、「現実から分析する」理論を学んだ。
そしてずっと前に、「感情を味わう」方法を学んでいた。

「現実の分析」は、とても左脳的だ。
「感情を味わう」ことは、とても右脳的だ。
その両者のバランスがあってこそ、意識的に生きるという事ができる気がする。
そして、その両者を体験してきた自分の過去は、本当に無駄がない!

私自身もまだ実験段階。
だから、コンシャスライフ研究所なのだ。
それでも10数年前からずっと考えていた「もっと自分らしく生きるための方法を伝えたい」という使命を今、現実にできると思う。

2013年9月30日

コンシャスライフ研究所  所長  井上 阿佐子

5 Responses to プロフィール

  1. 細田一男 より:

    自分自身を知ることの大切さ、重要性を理解できる能力が、人にはどれくらいあるのか?大事なことは何かを見つけられることの素晴らしさを相手に伝えられる力がどの程度自分にあるのか。発見出来る人(女)は素晴らしい。

  2. 中谷 昌文 より:

    さすが、井上先生の奥さまですね。まったく逆の性格だからこそ冷静に相手を見ることができます。とても、これからの活躍が楽しみです。宜しくお願いします

    • 井上 阿佐子 より:

      中谷先生、コメントありがとうございます!
      夫婦って本当に面白いですね。
      これからは相乗効果になるよう努力して参ります。
      今後もどうぞ、よろしくお願い致します。

  3. 真貝 尚代 より:

    井上さんとは長年の友人ですが、阿佐子さんの今までの人生のお話を読ませていただき、
    これだけしっかり自分を見つめる女性なら、あの井上さんと結婚されたのもよくわかりました。
    いい意味で好敵手というか(笑)、おっしゃる通りお二人がわかりあいタッグを組まれたら
    最強ですね!「仕事と愛」の両方は今の時代すべての女性が求める願いです。
    どうぞご活動がんばってくださいね!

    • 井上 阿佐子 より:

      コメントありがとうございます!
      本当に彼との出会いから人生が大きく変わりました!
      そして、女性は欲張りで良いのだと思っています。
      10月21日の遺言講演会ではそのあたりを中心にお話することになると思います。
      ちょっとビビっているのですが。。。(笑)
      今後も夫婦ともども、よろしくお願いいたします。

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